日本の美術、GHQ美術記念物課、ラングドン・ウォーナー、シャーマン・リー。

私が博物館や美術館が大好きということはいつも書いています。今までに、大英博物館、ルーブル美術館、メトロポリタン美術館などに行ったことがあります。今後、必ず行ってみたいと思っているのが、ボストン美術館とクリーブランド美術館です。理由は、日本の美術品が多く展示されているからです。そして、もう一つの理由は、第二次世界大戦時に日本の美術品が数多く守った「ウォーナーリスト」を作ってくれたラングドン・ウォーナーという人が集めた美術館であり、日本の国宝が戦後の占領政策で国外に持ち去られるのを防ぐために尽力されたシャーマン・リーという人が集めた美術品が多くあるからです。

今、法隆寺や薬師寺、皇居や靖国神社、京都や鎌倉など、日本の人が当たり前に訪れているところは、多くの日本人が知らない誰かによって守られたから、昔のままの姿で現在も存在しているという事実があるのです。第2次世界大戦の終わり、日本本土への空襲が計画される中、軍の指示により空襲の計画から意図的に空襲しないリストが秘密裏に作成されました。そのリストを作ったのがラングドン・ウォーナーという人です。全国の137箇所を爆撃目標から外すようにリストを作成し軍に提出しました。これが、世に言う「ウォーナーリスト」です。このリストのすごいところは個人コレクションの場所も調べてリスト化しているところです。要するに貴重な美術品を所有する個人宅までです。当然、戦争ですので、浅草のように空襲で消失してしまうところはあるわけですが、ウォーナーリスト137箇所のうち7割までが昔のまま残ったのです。ラングドン・ウォーナーさんは日本の美術品を心の底から敬愛し尊敬していたと本で読みました。また、日本人、日本の文化も深く愛してくれていたと。

また、シャーマン・リーさんはウォーナーさんの孫弟子で、GHQ美術記念物課で、戦勝国の美術品持ち出しから日本の美術品を守るためにさまざまは働きかけをしたということです。リーさんも日本の美術品を敬愛し、日本人が大好きだったそうです。彼らが守ってくれなければ、奈良の正倉院はただの空の箱になっていたかも知れないのです。法隆寺の釈迦三尊像も中国にあったかもしれません。阿修羅は絶対に日本には残っていなかったでしょう。もっというと、京都の二条城も鎌倉八幡宮も今の姿ではなく、「跡地」の看板が一つだけあるような世界になっていたかもしれないのです。

面白いな〜と思うのは、ウォーナーさんやリーさんなどの人たちが守って残してくれた日本の美術品や名所旧跡を多くの外国人観光客が求めて訪れることです。この様子を一番喜んでいるのは、きっと、ウォーナーさんやリーさんでしょうね。

 

私は、ウォーナーリストやGHQ美術記念物課の話は、日本人と日本のカルチャーが日本自身を救ったのだと理解しています。所作やカルチャー(文化)がいかに大事かを物語っていると思うのです。日本人の良さをできるだけ、つたない仕事ではありますが、我々もひきだせたらな〜といつも考えています。美術品はその国の人の心のあり様が表現になって出てきます。仕事も一緒です。時代を超えて評価される仕事や所作を心がけたいものです。それと、人との出会いは大切ですね。ウォーナーさんは新納さんという人とそのご家族を通して日本人像を心の中で作ったようですので。

いつか、誰かが映画にしてくれるといいな〜と思っています。