鎮魂

今日、夜、仙台空港に降り立ちました。明日のこともあり、レンタカーを借りました。

綺麗な幅の広い道がまっすぐ続いている道でした。運転を始め、すぐに、あっ、と気づきました。綺麗で照明も整備されたまっすぐの道の両方は、真っ暗でした。怖いくらいの真っ暗です。7年前なら、左右には、ずっと街の灯があったはず。

何分、運転していたか、、、70キロのスピードで5分は走ったような、、、かなりの距離かと、、、「ここまで、水が来たのか、、、」と、改めて、「3.11は大きな災害だったんだなあ。」と。

やがて、車は4号線にあたり、右折し、少し走ると街に変わりました。

 

昨日、WJU札幌の忘年会で、うちの職員さんの旦那さんが優秀な自衛官で、3.11の時も初動の部隊で、いち早く、大混乱の現地に入ったと聞きました。「それはキツかったね。」「大変な状況だったようです。」「今でも、覚えているけど、テレビでアナウンサーが叫ぶように、何回も『若林地区で数百の遺体が確認されている模様。』と緊張感のある声で記事を読み上げていたのを思い出すよ。」とみんなで話をしていました。あの時のテレビの放送が、あまりにショックでアナウンサーの声を今も覚えています。

 

3.11の時に、ずっと思ってました。人の生き死には、誰がどこで決めているんだろう、と。

あの日の悲劇を想い、生かされていることに感謝しないわけにはゆきませんね。