時代を見通す目と思考、「尾張藩主徳川慶勝公のお話」です。(くれぐれも、意見には個人差があります。)

ある方から、「本間さん、維新に貢献した優秀な人に、あとどんな人がいましたか?」と言われました。吉田松陰、島津斉彬、鍋島閑叟、勝海舟、松平春嶽、橋本佐内、佐久間象山。日本には、多くの優秀な先輩方がいて、日本を守っていただきました。

もし、このような人たちがいなければ、長崎や横浜や鹿児島や函館は、香港と同じように、100年くらい日本ではなかったかもしれません。随分と違う国になっていたことでしょうね。

 

私は、ご質問いただいたことに答え、「尾張藩主徳川慶勝さんがいなければ、日本は内戦になり、長崎や横浜は、イギリスかフランスに割譲されていたと思います。」とお話ししました。徳川慶勝さんは、徳川御三家筆頭の尾張藩の藩主です。そして、ここが歴史のなんとも言えないところなんですが、実の弟が、会津藩主松平容保公です。戊辰の激戦地である。

 

少し、考えてみていただければと思います。1868年の正月明けに鳥羽伏見の戦いが始まります。実際は、正規軍を出してきた幕府軍が優勢で戦いが進みます。ここで、錦の御旗が出てくるわけで、形勢は一変します。薩摩軍には大村益次郎がいませんでしたんで、薩摩軍は、基本、正面突破なんで、数勝負です。薩摩を中心とした新政府軍は3,000足らず、旧幕府軍は正規軍15,000。3日足らずで、瓦解する旧幕府軍もおかしいし、このあと、これといった戦いもなく、江戸城が無血開城してしまうのは、合点が行きませんでしょう? ですよね。

 

では、何があったのか。答えは、戊辰の戦いには、小説やドラマや映画にはならない、「影の主役徳川慶勝公がいた」からなのです。

 

鳥羽伏見の戦いから。この戦(いくさ)は、こんな感じです。

1月3日 鳥羽伏見の戦い

1月4日 淀の戦い

1月5日 各地で激戦

1月6日 徳川慶喜、大阪城から逃亡

1月7日 朝廷より徳川慶喜追討令

1月9日 新政府軍、大阪城接収

1月末ごろまでに、ほぼ全国の諸藩が、新政府に恭順。← ここで、戊辰の戦いは勝負ありです。ここがポイントです。徳川慶喜公は、武力で負けたのではなく、政治で負けたのです。

 

話は、ここからです。

徳川慶喜が江戸に逃亡しました。もし、ここで、フランスからの申し出を受け、武器を揃え、軍艦がありましたので、海軍を動かし、会津藩をはじめとした幕府軍を立て直して、新政府軍を待てば、十二分に戦えました。

 

でも、しなかったのとできなかった。

ここで登場するのが、徳川慶勝公です。

 

考えてみれば、薩摩軍を中心とした新政府軍はたったの3,000。これが、京都から、東へ東へと進む。その間には、彦根藩、尾張藩、東海道、箱根越えがあります。なんで、誰も抵抗することなく、易々と、川崎まで来れたかです。ここまで来るのに、たったの1か月です。ただ、行進してきてだけです。戦いは無し。

 

敵前逃亡した徳川慶喜公を見限ったのもありますが、一番大きかったのは、徳川慶勝が、700通を超える誓約書を諸藩から取っていたことです。

徳川慶勝公は大変聡明で、世界の情勢にも精通し、島津斉彬公とも親交があり、西郷隆盛とも知り合いでした。慶勝公は、「このままでは、日本は中国の二の舞になる。何が何でも日本人同士の内戦だけは避けなければ。」と考えていました。徳川慶勝公の思考が分かるのが、第一次長州征伐の時に取った行動です。慶勝公は第一次長州征伐の全権委任を受けた大将でした。なんで、慶喜が望んだ、萩(長州)を火の海にするということはおろか、戦わず、西郷隆盛を使い恭順させました。

 

鳥羽伏見の戦いと同時に、慶勝公は全国の諸藩に書状を送り「新政府軍に恭順すべし」と誓わせていました。もう、この段階で、徳川慶喜の敗北は決定していたことになります。

そして、このことで、フランスとイギリスに、横浜、長崎、鹿児島、下田、函館が欧米列強に割譲されることが避けられたことになります。

 

徳川慶勝公は、維新の影の主役です。しかし、歴史とは皮肉なもので、実弟の松平容保は会津合戦で最後まで戦うことになります。当然のことながら、維新の功績から、自分の弟の命を守るために必死で活動されたことでしょう。

 

私は、徳川慶勝公は、時代を通す目と思考と行動力において、吉田松陰先生、島津斉彬公に匹敵する傑物なんだと思います。

優秀な人は、見えているものも見ているものも、普通の人とは違うんです。経営者も同じです。

 

私は、こういう日本人の諸先輩方の話が大好きで、こういう話に触れるたびに、日本人が好きになり、日本人を尊敬します。そして、日本人でよかったと思います。

私は、いつも、どんな国難になっても、「日本人は日本人のやり方で乗り越えて行く。そんな人たちの集まりが日本人ですから。」と。だって、考えてみてください。日本は、幕末まで、太平の世が続き、その間は、有名な英雄は必要としなかったしいなかったでしょう。しかし、「国が無くなる。」という時になると、坂本龍馬のような下級武士に至るまで、国を憂い、憂国の志士が全国で立ちあがります。そして、吉田松陰、島津斉彬、鍋島閑叟、勝海舟、松平春嶽、橋本佐内、佐久間象山。多くの優秀な先輩方が出てきて、結果として、徳川慶喜公も含め日本を守っていただきました。

 

日本って、そんな国で、そんな国民なんだと思います。

社会福祉法人に、徳川慶勝公、吉田松陰先生、島津斉彬公、が出てきていないということは、まだ、鎖国が続いていて、天下太平なんですかね。まだ、浦賀には、黒船とペリーは現れていないのかもしれませんね。

ただ、私は、これから、今までとは全く考え方の違う、新しい経営者が社会福祉法人を変える。古い経営者が淘汰されて行く時代がそこまで来ていると理解しています。

この予言、当たると思いますよ。

 

やっと、庄子さんへのお答えが書けました。お待たせしました。

 

 

 

 

 

 

 

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本間 秀司

本間 秀司代表取締役社長

講師プロフィール

外資系コンサルティング会社の日本のエグゼクティブシニアセールスマネージャーを15年。日本の大手税理士法人マーケティング部統括部長(関係会社社長兼務)を4年。ウェルフェアー・J・ユナイテッド株式会社代表取締役。

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