3.11から12年です。犠牲になられた方々に心より哀悼に意を表します。また、被災された皆様と関係した皆様に心より、その苦しさと向き合われている心情に共感させていただきたいと思います。
今日、夜、WBCのチェコ戦を観てて、終わったら宿題(HMSさんでの新企画)をやろうとしていました。なにげなく、チャンネルを回していたら、NHKスペシャル「海辺にあった、町の病院」〜震災12年 石巻市雄勝町〜 を偶然に観て、テレビの前から動けなくなりました。
病室から穏やかな海が見えた雄勝病院。東日本大震災で屋上まで津波にのまれ、患者と職員の9割が犠牲になった。医師や看護師たちは、自力で逃げられない患者を置いていけないと、住民の制止を振り切って病棟に向かった姿が目撃されている。地域医療の拠り所だった町の病院。“あの日”までここにはどんな日常があったのか。残された遺族や同僚は、“その後”をどう生きてきたのか。震災12年、初めて語られる心の内に耳を傾ける。
看護師の母を亡くして娘さんが「私の母は、被害者であり、患者遺族から見れば加害者でもある。」と、12年経っても整理できず、やりきれない様子で語る姿でした。院長先生の奥様が「逃げて助かるのであれば、逃げればいいでしょう?」と語ります。また「息子たちからは、そんな話を人に絶対するんじゃないと言われてきた。」と。そして、「そんなのね、、」という話を始めます。亡くなられた院長先生は「命に順位はない、お年寄りも若い人もみんな同じ。」と言っていたと。でも、「生き残っていれば、もっと、大好きな患者さんと向き合う医療ができたでしょうに、、」と。
私はこのテーマの特集がないことに違和感と日本の問題点をずーっと考えてました。このテーマで当事者の方々が映像に名前を出して話をするのに12年もかかったのか、、、と。
私は、命には助かるべき順位があると思っています。災害対策・BCPのセミナー講師をする時にも、この話題になれば、必ず、話をしています。← 意見には個人差があります。
ドクター、ナース、職員は自衛隊に入ったわけでありません。自衛隊に入る人たちは、その使命と責任について、かなりの時間をかけて思想教育が行われると聞いています。私は、病院のドクター、ナース、職員に人たちに「災害の時は、、助かる可能性が高い命から助かる努力をし、決して自責の念で人生を狂わせない思想教育が必要だ。」と考えているのです。
テレビでは、碑が立っていて、氏名と年齢が彫られています。院長先生は62歳、看護師さんたちは、50、40、30代。患者さんたちは、80、90、100でした。私は、国にとって、地域にとって、私自身にとって、大きな課題だと理解しています。日本は災害列島です。いつ、どこで、誰が被災するか分からない。これから、北海道・三陸沖地震、東南海地震、関東大震災、大阪・京都地震、富士山の大噴火、阿蘇カルデラ、姶良カルデラ、沖縄大津波など、いずれは来るであろう災害を受け止めなければなりません。
その時に、ドクターだから、看護師だから、介護職だから災害に際して、助かるべき命が「責任」という名の下に犠牲になってしょうがないと考えるべきか、です。「どうせ、助かっても大きな心の傷を負う。」と言う人がいますが、だからこそ、日頃から徹底した教育が必要だと考えているのです。もし、国民が「災害になったら命を投げ出すのはしょうがない。」と言ってしまったら、医師、看護師、介護職、リハ、事務になる人なんかいなくなります。
災害医療には、「トリアージ」によって、多数の傷病者が発生した際の救命の順序を決めるための分類基準が標準化されています。国は、全国の医療施設、福祉施設、在宅などで、命を守る基準と「心の教育」を標準化するべきと考えています。
私は、福祉の事業所を立ち上げます。この基準を作り運用しようと考えています。