だから、メカニズムとしては、私の話を覚えてなくても、話が途切れ途切れのパーツとなって記憶の引き出しに仕舞われるわけです。

昨日は、若手の中核職員研修でした。

私が、心掛けているのは、マインド(素)、物の見方と考え方です。

まず、成功をセオリーを伝えることが大前提です。

そして、参加者の人生がより良いものになるように、人生の先輩として物事に取り組む姿勢を教えていきます。

さらに、自分で考えて自分で動く、です。

ご縁があった若い彼らの、職業人としてのスキルアップと人生の生き方のスキルアップができればいいかなと。

なので、褒めることは当たり前として、叱咤激励をしなければなりませんし、ちょっと、キツいことを言います。

 

彼らが人生を重ねていくときに、「そう言えば、前に、よくしゃべるおっちゃんから言われていたな。」と思ってくれればいいです。

だから、メカニズムとしては、私の話を覚えてなくても、話が途切れ途切れのパーツとなって記憶の引き出しに仕舞われるわけです。

で、「どうしよう。」とか「レポートにしなければ。」とか「部下に指示を出さないと。」という時に、脳の電気信号が関連する情報を探し、私の話の引き出しにアクセスする。

で、「これはね、」とか「私、よく考えたんだけど。」とか、「こう書こう。」とかになるわけです。